フレグランスとフレーバー業界が今日のようにグローバル化するまでの250年に及ぶ長い歴史のなかで、大きな節目が幾度となく訪れ、これが今のジボダン社につながっています。1768年のグラースにおける当社の歴史的ルーツの誕生から、2018年のエクスプレシオン・パフュメ社(Expressions Parfumées)の買収に至るまで、ジボダン社は常に未来に目を向け、豊かな香りと味の世界を実現するため、発明と企業統合、創造力、情熱そしてイノベーションを重視する方針を一貫して推し進めてきました。
ジボダン社の豊かな伝統
ジェームズ・クック船長が新世界を探検するため故郷イギリスを旅立ったころ、フランス・グラースでは、アントワーヌ・ド・シリスも新たな冒険に乗り出します。動植物を採取し、香料の原材料にする - フレグランスの新しい世界に向けての第一歩が踏み出されたのです。
大発明時代の1700年代後半は、産業革命の真っ只中にあり、商取引や数学、医学が進歩しました。ニューヨークでは、その独創的な著作『ジ・エッセンシャル・オイルズ』で香料の製造技術を大きく進歩させたアーネスト・ガンサーが、18世紀創業のフリッチェ・ドッジ・アンド・オルコット社(ニューヨーク)に入社しています。ちなみにジボダン社は同社を1991年に統合しました。
若き日のチャールズ・ダーウィンがビーグル号に乗り、進化論を唱えるに至る第一歩となる航海に出発したこの年、グラースでは、クロード・ルールが、ジャスミンやバラなど、芳香性植物とエッセンシャル・オイルを提供するルール・ベルトラン・アンド・フィス社を設立し、フレグランス業界の「進化」を成功させます。ちなみにこのルール社は最終的に、ジボダン社と1991年に合併しました。
アメリカでリンカーン大統領が農務省と、食品医薬品局の前身となる化学局を創設したころ、ドイツ・ドルトムントでは、のちにフレーバー会社リーデル・アロム社となるカート・オースタライヒ・アンド・ヴェストファーリッシェ・エッセンツェンファブリーク社が創立され、食品と化学がついに融合されます。ジボダン社は同社も1989年に統合しました。
物理学者ウィルヘルム・レントゲンがエックス線発見という輝かしい業績を残した1895年は、フレグランス業界においても歴史に残る年となりました。レオン・ジボダン(左)とザビエル・ジボダンがスイスでジボダン社を設立。情熱と芸術性にあふれる旅をスタートさせ、今も受け継がれる当社のDNAを作り上げたのです。
1900年には、近代的な発明と進歩の時代の到来を告げる万国博覧会がパリ開催され、また、ルール社が、香水業界にとって重要な進歩となる、アブソリュート(濃縮油性混合物)を誕生させています。
20世紀前半に入ると、ウォーレス・カロザースが1937年にナイロンを発明するなど、合成素材が注目を集めるようになりました。この時期には、ジボダン社などが他に先駆けてフレグランスの合成原料の商品化を進め、香り分野の製品の品ぞろえの拡充と技術的進歩の促進を図る機会を追求しています。
フレグランス業界が日用品に進出し始めた当時、ジボダン社は、化粧品と石鹸類へのフレグランスの使用をいち早く推進した企業の一つです。
1937年は、初のハンディ型真空掃除機の発売など、幅広い発明で世界が便利になった年でした。その中で最も世の女性を魅了したのが、世界初のデザイナー・フレグランス「ショッキング」です。このフレグランスは、のちにジボダン社に仲間入りすることになる、ルール・ベルトランの才能あるパフューマー・チームが創り上げました。
第二次世界大戦後の混乱が収まりつつあるなか、新しい時代の希望を拓くべく、ルール社のパフューマー、ジャン・カールが、パフューマリー・スクールを開設します。世界的にその名を知られる、このスクールは現在、パリ郊外で当社が運営しています。
グローバル化が加速し始めた40年代終わりから50年代初めにかけて、ジボダン社は、刺激的な新しいフレーバーとフレグランスの成長市場としての地位を瞬く間に確立した中南米に進出します。
マクドナルド社の創業でファストフード業界に大変革がもたらされた1948年に、ジボダン社は、エイブラハム・シュヴァルツがチューリッヒ・デューベンドルフに設立したエスロルコ社を統合します。ここは今でも、当社フレーバー部門の一大生産拠点です。
中国が経済の開放を進め、イギリスから中国への香港の返還を控えるなか、ジボダン社は、高成長市場のニーズの高まりを受け、フレーバーとフレグランス業界で初めてアジアの施設に大規模な投資を行い、アジアへの進出を果たします。
日本で初めてDVDが発売された1996年、ジボダン・ルール社も技術的に記念すべき瞬間を迎えます。自生の植物と花の香りを取り込むことに成功したセント・トレック(ScentTrek®)で、フレグランス・ファウンデーションのFiFi®テクノロジカル・ブレイクスルー賞を初めて受賞したのです。
世界銀行が発表する「World's Top 100 Economies」のうち半分を企業が占めた1997年は、ジボダン社にとっても大きな節目の年となりました。米国のフレーバー会社テイストメイカー社を統合し、ジボダン・ルール社が世界最大のフレーバー会社となったのです。
インターネットの普及が加速し始め、ブログが初めて登場した1998年には、コンピューターを使って、リアルタイムに香りの合成物を作るシステム「バーチャル・アロマ・シンセサイザー(Virtual Aroma Synthesizer®)」を当社が開発しています。このシステムは2001年に、フレグランス・ファウンデーションのFiFi®テクノロジカル・ブレイクスルー・オブ・ザ・イヤー賞を受賞しました。
1999年は、いわば発見の当たり年で、科学者が27億年前の化石を発見し、複合生物の出現時期が10億年さかのぼることになりました。ジボダン社が、新しいフレーバーを求めて世界中で調査研究を行い、従来のフレーバーの枠を押し広げる、発見のためのプログラム「テイスト・トレック(TasteTrek®)」をスタートさせたのも1999年のことです。
EUによる通貨ユーロの導入のわずか1年後、ジボダン社はスイス証券取引所の上場企業となり、自社の財務諸表を作成。リーディングカンパニーになるべく、ギアを上げました。
2002年には、「世界のベストレストラン50」がスタートしています。世界で最も有名なシェフとレストラン・オーナーが集結し、イノベーションをもたらす触媒の役目を果たす、ジボダン社シェフズ・カウンシルに参加したシェフも、のちにこれに選出されています。
2005年になると、国民の健康とウェルネスを優先課題と位置づけ、法制化などをする国が増えはじめました。ジボダン社はこの年、時代が求めるフレーバーを把握して、美味しさはそのままに、食品と飲料の糖分と塩分、脂質を大幅に減らすことができる、他社と一線を画す、画期的な技術を開発しています。
2002年にはネスレのフレーバー部門FIS社を、2003年には発酵技術に優れた米国の企業IBF社、さらに2007年にはクエスト・インターナショナル社を統合し、ジボダン社はフレーバーとフレグランス業界のリーディングカンパニーとしての地位を確かなものにしました。
フレグランス製品の充実を強く望んでいたジボダン社は、ソリアンス社を統合しました。エコデザイン製品を販売するエシカル・カンパニーである同社の強みは、野菜や微生物、微細藻類由来の化粧品有効成分の持続可能な開発にあります。
ジボダン社は、インデュケム・ホールディング社とその子会社も統合し、化粧品有効成分事業への進出をさらに推し進めました。インデュケム社は、革新的で、優れた機能性を持ち、その効能効果が実証されている、幅広い有効成分を活用し、かつ、生体触媒、メタゲノミクス、生化学的合成などの分野の研究に関する専門知識に裏打ちされた製品ラインナップを展開する会社です。
2016年は、倫理的調達10周年、テイスト・トレック(TasteTrek ®)シトラス10周年、そしてパフューマリースクール設立70周年という記念が重なる年となりました。この年、フレーバーイノベーションセンターをシンガポールに新設したほか、スイスのケンプタールでは大規模なイノベーションセンター建設に着工しました。また、コナグラフーズ社のスパイステック・フレーバーズ&シーズニングス事業の買収により、セイボリー分野の統合ソリューションが強化されました。