engage your senses

味覚と嗅覚に関する偉人の思考

「一方は一瞬で消えるが、もう一方は噛みしめることができ、一方は単なる気体だが、もう一方は口の中で溶ける」

味覚と嗅覚は、密接に結びついていますが、心理学的見地からいうと、まったく別のものです。この二つの感覚機能を発達させ、強化する方法は時代とともに変化してきました。これが、特に意欲的な思想家たちを、このような目まぐるしい社会的変化が何を意味しているのか、また、私たちが周りの世界をどのように知覚しているのかについての思索に駆り立ててきたのです。

「Tasting, Smelling, Sensing: an Aesthetic of Flavour and Aroma」は、ジボダンならではの社史『An Odyssey of Flavours and Fragrances』の第2章です。この章では、研究者で哲学者のカロリーヌ・シャンピオン氏が、味覚と嗅覚について深く考察する哲学的思考を紹介しています。

    

「それに喜びを見出すことにより真実が明らかになることへの恐れ(Fear of truth from taking pleasure in it)」​

詩人のフリードリヒ・ヘルダーリンが残したこの言葉をまず最初に紹介して、千変万化する味覚と嗅覚を言葉で表現しようとしたときにつきものの問題についての考察を始めます。

著名な香りのスペシャリストであり、歴史学者でもあるアニック・ル・ゲレ氏は、いかに多くの哲学者が嗅覚を「軽んじて」きたかについて、「プラトンとアリストテレスからは、技巧不足と言葉不足を非難され……カントには、報われない感覚と決めつけられ……ショーペンハウアーからは、下位の感覚とされ、ヘーゲルの美学から除外され……」と総括しています。      

感覚 vs 知能​

シャンピオン氏は、哲学界が味や匂いの概念化に懸命に取り組む一方で、「smell fishy(胡散臭い)」や「leaves a sour taste(後味が悪い)」などの比ゆ的な言い回しが一般的に使われていたというアイロニーを指摘しています。

彼女は、哲学者が、あらゆる思考や概念から切り離して、感覚情報について論じようと四苦八苦することが少なくなかったとした上で、次のようなプラトンの言葉を引用しています。「概念なしに何も存在しえないと考えたい気分になるときがある。だが、ナンセンスの極みに陥ることを恐れて、こうした考えを抑え込んでいる。」

    

Iris field

先天性と後天性

味と匂いを巡る哲学的議論のほとんどは、人類の動物界からの離別にかかわる - 味覚も嗅覚も「本能につながっている」という考え方に基づく - ものです。これは主に、この二つの感覚機能が狩猟と大きく関係していることによります。

 

生物学的欲求と密接に関係していることから、風味や香りは、純粋な思考と相容れないとされることが少なくありませんでした。ルソーも、「腹をすかせた人たちは、それが食べ物に近づいていることを告げるものでないかぎり、香りにほとんど喜びを見出せないだろう」と述べています。    

    不潔さと下劣さ​

    「野性的な性向」との相関性は、清潔さや品位といった概念にも適用され、これにより、味と香りを巡る議論はさらに、高尚な研究のテーマから遠ざけられることとなりました。

    フロイトは、こう述べています。「清潔であろうとする文化的な行為に社会的要素もあることは間違いない。これはその後、『衛生』の名のもとに正当化されたが、このつながりが認識される前に顕在化した。」

    これについて、シャンピオン氏は、「いつの時代であっても、不潔であることや、完全に清潔とは言えない状態は、とりわけ、道徳性が疑われることを示唆している」と端的にまとめています。

        

    欲望の解放​

    20世紀は、五感に対する認識に大きな変化をもたらしました。これが特に顕著だったのが、人間と自然の関係の見直し、そして、大衆の間における肉体と性の新たな解放の先触れとなった、1960年代の「フラワーパワー」時代です。

    「人間性に対する関心が高まり、食卓とベッドルームでの楽しみに一般大衆が魅せられる」なか、飲食業界とフレグランス業界は活況を呈しました。      

    現状についての考察

    シャンピオン氏は、今のフレグランス業界と飲食業界の傾向について考察し、「肉体の気化」に向かう傾向にあると結論づけ、このように述べています。「味、香水、そして欲望全般のはかなさに目を向けることにより、明確な輪郭を持った物体が消えて、その寡黙さにもかかわらず、絶対的内面性に向かう傾向にある。」 

    「他者との関係は、本人の意思にかかわらず、親近感から生まれる象徴的な現象、こうした万人の奥深くに響く、その訴求力によって決まる。」   

     『An Odyssey of Flavours and Fragrances』において、 カロリーヌ・シャンピオン氏は、何世紀にもわたる偉人の思考を、珠玉の文章で描き、フレーバーとフレグランスが単に官能を刺激するだけでなく、文化的な側面も持っていることを分かりやすく説明しています。